
駐在員の情報管理とリスク
海外駐在員の管理は、単なる事務作業ではなく企業の安全配慮義務に直結する重要な業務です。緊急時の迅速な対応や税務・健康面のリスク回避には、最新情報の収集と共有が欠かせません。本コラムでは、海外人事担当者が押さえるべき情報管理のポイントと、DX化による効率的な運用方法を解説します。
海外駐在員の「情報管理」とは?
海外人事担当者は駐在員の「情報管理」が必要
日本を離れた海外駐在員は現地法人の社員となりますが、在籍出向で送り出している以上、日本の社員でもあります。
「現地に任せておけば大丈夫」という考えは通用しません。
            では、どこまで本社が海外駐在員の管理をする必要があるのか、を考えたとき、最低限「安全配慮義務」を満たしている必要があると言えます。
これは、労働契約法第5条に定められている「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」という条文に基づいています。
            駐在員(家族含む)の情報管理を怠ると、駐在員本人だけではなく、会社もリスクを負うことになる事を理解しておく必要があります。
今回のコラムでは、この「安全配慮義務」を考察しつつ、実務レベルでどこまで「現実的な管理」が可能なのか、「駐在員の情報管理とリスク」について考えていきたいと思います。
管理するべき情報とは
- 駐在員情報
まずは駐在員本人の基本的な情報を把握しておく必要があります。
海外のどこに住んでいるのか、一人暮らしなのか、ご家族と一緒に住んでいるのか、緊急時の連絡先を把握しているか、などは常に、アップデートしておかなければなりません。突然有事に見舞われた際、駐在員やその家族にすぐに連絡ができる体制を整えておかないと重大案件に発展してしまうことも考えられます。また、本人とその家族だけではなく、日本国内における緊急連絡先(両親など)も把握しておくべきでしょう。
現地で有事や災害が生じた際、上層部からの状況確認に即時・的確に状況を答えれるようにしておく必要があります。 - 安全・危機管理
上記に関連して、有事や災害があった際、駐在員とその家族はどこに避難すればいいのか、現地で誰に助けを求めればいいのか等、会社はその情報を適宜提供する必要があります。
これは有事や災害に限らず、事故や急病など切迫した事態が生じた際も同様で、会社の安全配慮が求められるところとなります。
何かあった時のために、それらの情報のリソースの確保と関係者への伝達方法を確立しておく必要があります。 - 健康管理
これは、身体的なものだけではなく、精神的なものも含みます。また、駐在員本人だけではなく、帯同している家族も含まれます。
駐在員本人に定期健診を必ず毎年受けさせる事だけではなく、家族の健康とメンタルヘルスのケアも非常に重要です。家族が健康であってこそ、本人のパフォーマンスが正常に保たれることになります。
特に家族においては、異文化適応ストレスといわれる、言葉の壁、文化や習慣の違い、生活環境の変化への不適応が大きなストレスとなります。
また、キャリアのある配偶者を帯同した場合、社会との接触がなくなり孤独感や孤立感を感じてしまう点についても注意が必要です。
会社としては、定期的に本人との面談などを行い、家族も含めた状況の変化を早期にキャッチしておくべきでしょう。 - 現地納税
「現地の納税は現地がやるもの」と思っていませんか。
もちろん実際の納税は現地でしかできませんが、現地の税金を計算するには「日本で支払われている給与・賞与」及び「現地で課税になる福利厚生費」などの情報を日本側から提供する必要があります。
この情報が正しくないと、現地での納税が適切に行われず、結果、意図せぬ申告漏れを引き起こし、税務上深刻な問題に発展することがあります。申告漏れ(脱税)には基本時効がないため、現地の税務署の対応次第では、莫大な追徴金を課せられるリスクがあります。
現地へ提供する所得申告情報は重要な意味があることを再認識しておきましょう。 
海外駐在員の情報管理における3つの課題
          ①最新の駐在員情報を収集できていない
              最新の駐在員情報(緊急連絡先など)を常にアップデートすることは、簡単ではありません。赴任者本人の申告がなければ、管理者は古い情報をもったままとなり、必要な時の対応が困難になることも。
              何度依頼しても出てこない情報のメンテナンス工数を考えると、なかなか難しいのが現状です。
②個別管理が多く、体系的に整っていない
              多くの企業では管理部門(本社、現地など)が、それぞれExcel等の表計算ソフトで管理している場合が多いのではないでしょうか。
              その情報は、関連部門で完全に共有されていることは少なく、情報に齟齬が生まれがちです。何か問題が発生した際に、情報の確認作業に手間取り対応が遅れる事態も発生してきます。
③リスクに対する当事者意識
              海外に居住する駐在員に関して、日本の人事担当者は、どうしても様々なリスクに対しての危機感が希薄になりがちです。
              健康面、安全面での配慮や、税務リスクに対する危機感など、自覚をもって海外人事業務を遂行していくことが、特に今の人事担当者に求められています。
              また、駐在員本人も自身が海外に住んでいる事を自覚し、異なる文化や習慣に適応する努力が必要となります。
情報管理体制のDX化
海外駐在員の人数は、国内社員数に比べ数パーセントと、かなり低い比率となっています。
              そのため、予算等の都合で、駐在員を管理するシステムを独自で構築する機会がなかなか持てず、メールと表計算ソフトで管理せざるを得ない環境が長年続いています。
しかし、これでは効率が悪く、逆に人件費がかさむと考える企業が増えてきており、外部の管理システムの導入やBPOの検討が最近のトレンドです。
ただ単に、システムを導入したり、BPOを取り入れたとしても、完全に業務が手離れするわけではなく、必ず社内で業務全体を管理・監督する必要があります。
              そのため、駐在員管理業務全体を整理して、それぞれシステム、BPOでできること、海外人事部が責任を持って管理すべきこと、を区分けすることが検討の第一歩です。
              その上で情報管理体制をどのようにDX化させ、継続していくかを考えるのが重要です。
ここで、駐在員を多く抱える企業に利用されている「駐在員管理システム AGAVE」で、どのように管理できるのかを検討してみましょう。
課題の解決方法
①情報収集の仕組み化
              まず、緊急連絡先や健康情報を定期的に更新するルールを設定することが必要です。
そして駐在員が簡単に情報を提供できる、もしくは管理者が簡単に本人から情報を集められる手段を検討し、システム化しましょう。また、本人からの情報提供を促すリマインド機能も重要です。
AGAVEでは、駐在員が簡単に緊急連絡先などの個人情報の登録、変更を申請(提供)することができます。
申請された情報は、管理者が「承認」することで本人の個人情報を管理する機能「マイプロファイル」に自動的に新しい情報が上書きされるため、転記する必要がありません。
              また、定期的に情報をアップデートするために、管理者から本人へ提出を促し、未提出者へ簡単にリマインドメールが配信される機能も備えています。
②情報の一元化と共有
              関係者が共通の情報をリアルタイムでシェアすることができるシステムの構築が大切です。それぞれが必要に応じて、正しい情報で自分のタスクを実行できることが望ましいです。
また、登場人物が多い海外人事業務において、情報を閲覧できる権限を細かく設定できることが重要なポイントです。
AGAVEでは、安全性が高く、インターネットにつながる環境であればどこからでも利用できるクラウド上で情報を管理しています。
変更情報はリアルタイムで更新されるため、いつ何時アクセスしても常に最新の情報を入手することが可能です。
              また、アクセスできる情報は、いろいろな立場、用途によって制限する事ができるので、あらゆる人が利用することが可能です。
例えば、現地の給与担当のナショナルスタッフに、駐在員の現地で支払いが必要な「現地通貨建給与の金額」だけを閲覧できるように設定したり、現地拠点長に配下の駐在員の緊急連絡先や現住所などを閲覧できるようにするなど、細かな権限設定ができるようになっています。
③リスク対応訓練と意識向上
              駐在員・管理者向けに年1回のリスク管理研修を実施し、事例やシナリオ訓練を取り入れるのは効果的です。
            また、情報管理マニュアル(緊急時の連絡フローや情報更新手順を明記したハンドブック)を整備し、定期的に駐在員へ配布しましょう。
AGAVEでは、リスク管理研修ビデオや情報管理マニュアルなどを格納でき、いつでも駐在員がアクセスできるライブラリーのような機能を搭載しています。研修の受講実績をトラッキングできる進捗管理機能も備えています。
            また、駐在員へ通知する機能もあるので、必要に応じて全駐在員もしくは特定の国(拠点)の駐在員だけに注意喚起することも可能です。
④定期的な見直しと改善
              システムを導入しただけで、すべてが解決するわけではなく、継続性が大切となります。
              情報管理業務の現状フローを図式化し、定期的に改善ミーティングを関係者全員で実施したり、情報管理・リスク管理のチェックリストで自己点検を実施するなどして、継続的に管理体制を見直し、必要に応じて改善していきましょう。
AGAVEはSaaS製品(ソフトウェアをインターネット経由で提供するサービス形態)のため、ユーザーの改修要望が多いものに対してはスピーディーに改修を実施しています。改修が約束されるものではありませんが、同じ課題を持った会社は他にもあるはずなので、積極的に改修要望を出すようにしましょう。
また、改修だけではなく、AIを導入したりなど、新しいテクノロジーを取り入れることも推し進めています。AGAVEは常に進化し続けています。
情報管理は「守り」と「攻め」の両輪
情報管理は単なる事務作業ではなく、駐在員の命と会社の信用を守る経営課題です。
            最新情報の収集・共有・活用を継続的に行うことで、緊急時の迅速な対応と平時の安心感を両立することができます。「起きてから対応」ではなく、「起きる前に防ぐ」姿勢が重要です。
AGAVEのようなシステムを導入することで、安定した駐在員管理の運用が可能となると同時に、健康診断のBPOの導入や外部の研修を取り入れるなど、積極的な取り組みで「起きる前に防ぐ」を確かなものにしていきましょう。
                西本浩
米国にて大学卒業後、米国大手会計事務所の税務部門に15年間勤務。主に日本人駐在員の確定申告業務に従事。2009年に帰国し、日本人駐在員の業務管理BPOのサービス構築、業務管理ツールの開発などを手掛ける。2020年より駐在員管理システム「AGAVE」開発の助言や導入のコンサルなども兼務する。海外給与計算や現地での納税の仕組みに精通しており、関連するセミナーに多数登壇している。